クラシックとジャズ

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 テレビ朝日「題名のない音楽会」、今回はクラシックとジャズの融合、作曲家、狭間美帆の挑戦が中心となった。出演は、MaNGROVE(挾間美帆、滝千春、山根一仁、ルオシャ・ファン、佐藤晴真、木村将之)のみなさんである。
 クラシックとジャズの融合。アメリカのジョージ・ガーシュウィンが試み、アメリカ音楽を作り出すこととなった。ラプソディー・イン・ブルー、へ調のピアノ協奏曲、オペラ「ポーギーとベス」は真のアメリカ音楽といえよう。ガーシュウィンは1937年、38歳で夭折した。チャールズ・アイブス、アーロン・コープランド、レナード・バーンスタイン、ルーカス・フォスが登場、ジョン・ケージ、スティーヴ・ライヒ、ジョン・コリリアーノ、フィリップ・グラス、メレディス・モンクなどへと連なっている。
 グラスは、ワシントンD.C.、ケネディセンターがドナルド・トランプ大統領の名もついたことに抗議して、新作初演を取り止めたことが話題となった。ケネディセンターはあらゆるジャンルを問わず、アメリカの音楽家たちなどの誇りである。トランプの名が加わったことに対する怒りは相当なものだった。
 アメリカ音楽は、ヨーロッパからの技法はもとより、ジャズ・黒人霊歌・カントリーなど、さまざまな要素が溶け込み、独自の世界を作り上げてきた。19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したエドワード・ヘンリー・マクダウェルの作品にも、インディアン音楽などの要素が溶け込んでいる。ジャズとの融合も当然であり、ガーシュウィンはジャズ・クラシックを融合したアメリカ音楽を起こすこととなった。
 ガーシュウィンであっても、クラシックの基礎を学ばんとして、パリにわたり、モーリス・ジョゼフ・ラヴェル、イーゴリ・フョードロヴィチ・ストラヴィンスキーに師事しようとした。「バリのアメリカ人」は、当時のガーシュウィンの心の内を表現した作品である。
 狭間の作品を聴き、アメリカ音楽を起こしたガーシュウィンを越える試みだったこと、セルゲイ・セルゲーエウィチ・プロコフィエフ バレエ「ロミオとジュリエット」から「モンタギュー家とキャピュレット家」にジャズの要素があることを指摘した狭間の編曲には頷けるものがあった。プロコフィエフは、ロシアから日本経由でアメリカに渡り、ジャズに接した。日本では、太田黒元雄が奔走して、リサイタルを開催しても入りが悪く、悪い印象しか残らなかった。当時の日本には、新しい音楽を受容するだけの土壌がなかったことも一因である。プロコフィエフはロシアに帰国しても、モダニズムの要素が残っていた。
 クラシックとジャズの融合が、狭間の音楽に国際性を与え、アメリカのグラミー賞がノミネートするだけの価値があったことを再認識した。狭間の音楽が今後、どのように発展し、活動もどうなるか注目したい。
 マーガレット・アトウッドの言葉である。
「ジャンルとは閉ざされた箱ではない。物事は常に境界を越えて行き来している。」
新しいものを生み出す土壌を象徴した言葉である。

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