クレー、鳥獣戯画、谷川俊太郎、三善晃、間宮芳生
テレビ朝日「題名のない音楽会」、絵画から生まれた合唱曲によるコンサート、東京混声合唱団、水戸博之(指揮)、舘野公一(ギター)、村上満志(コントラバス)、多田恵子、加藤恭子(打楽器)。
谷川俊太郎がスイスの画家、パウル・クレーの絵画に触発された詩に作曲した三善晃の3つの作品、階段の上の子供、幻想喜歌劇「船乗り」から格闘の場面には、戦争への怒り、平和を求める谷川の思いが伝わった。第1次世界大戦への怒りがにじみ出ていた。クレー、ラヴェルも第1次世界大戦を体験している。ラヴェルも出征した。最後のピアノ作品となった「クープランの墓」は、戦死した戦友たちへの追悼が滲み出た作品で、戦争反対、平和の尊さを描いている。クレーが「階段の上の子供」「格闘の場面」にこめた戦争反対、平和への思いに共感した谷川の詩に、三善が深く共感している。
クレーは音楽一家に生まれ、ヴァイオリンもプロ級だった。妻リリーはピアニストで、息子フェリックスが生まれた。画家となり、ミュンヒェンで活躍、第1次世界大戦に従軍後、ヴァイマールでバウハウス設立に関与、教授となった。デュッセルドルフ美術学校教授在任中、1933年、ナチス政権の弾圧に会い、故国スイスに帰国、皮膚硬化症も発症、闘病生活をつづけながら、1940年、ロカルノ近郊サンタネェーゼの療養所で、61歳で世を去った。
クレーが難病にかからず、長生きしたら、ナチズム・第2次世界大戦も体験して、表現・言論の自由を訴えた作品も残しただろう。難病が襲ったクレーには余力がなかったかもしれない。
最後は、中世日本の名作、鳥獣戯画による間宮芳生「合唱のためのコンポジション第5番 鳥獣戯画」第4楽章、相撲でウサギを投げ飛ばすカエルを描いた場面によるもので、面白おかしな情景を描き出していた。鳥獣戯画について、鳥羽僧正覚猷の作とされたものの、最近では複数の人物によるものが京都、高山寺に伝わったという研究結果が出ている。
貴族社会・武家社会の実態を笑い飛ばすようなもので、当時の民衆の逞しさが垣間見える。人間に例えて、社会を風刺、笑い飛ばす姿勢は、古今東西同じだろう。
クレーの言葉である。
「芸術とは目に見えるものを再現することではなく、目に見えるようにすることである。」
「この世では、ついに私は理解されない。なぜならいまだ生を享けていないものたちのもとに、死者のもとに、私はいるのだから。」
クレーの墓の墓銘碑の言葉である。
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